大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)444号 判決 1964年6月23日

上告人

笠井孝

右訴訟代理人弁護士

笠井寿太郎

望月武夫

被上告人

小川勝三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人望月武夫、同笠井寿太郎の上告理由第一点ないし四点について≪判示省略≫

同第五点について。

原判決は、被控訴人が控訴人所有の立木を伐採することにより、控訴人に加えた損害の額を算定するに当り、およそ山林の立木をその適正伐採期まで育成し、その時期に伐採して収穫することは山林経営の通常の管理方法であるから、被控訴人が伐採した判示立木の適正伐採期である昭和三二年一二月における価格をもつて山林経営者である控訴人の蒙つた損害の額となし、而して、控訴人は本件山林の外にも山林を所有し、いづれも山林としての通常の経営管理を行つていたこと、および被控訴人は立木の伐採販売業を営んでおり、控訴人が右山林を通常の方法で管理していることを知つていたことの事実により、被控訴人は控訴人が適正伐採期における右立木の収穫を取得しうることを予見しまたは予見しえられたものと推察できる旨判示し、もつて被控訴人は控訴人に対し前記額の損害賠償義務がある旨判示したものであつて、原判決は、民法四一六条二項による範囲の損害額を肯認したものであること、判文上明らかである。原判決の右判断は、当裁判所も正当としてこれを是認する。もつとも、控訴人が本件立木の適正伐採期以前においてあるいはその以後においてこれを伐採収穫したであろうと思われる特段の事情があるときはこの限りでないが、論旨は、本件につきそのような事情の存在をいうものではなく、また、論旨引用の判例は本件に適切でない。

論旨は採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官石坂修一 裁判官横田正俊 柏原語六)

上告代理人望月武夫、同笠井寿太郎の上告理由

<前略>

第五点 (一) 原判決は不法伐採による損害の範囲に関し前段において、「山林所有者が適正伐採期における収穫を取得できることは一般に予想し得られるところであるから立木の適正伐採期における収獲を喪失した損害が不法伐採により通常生ずる損害である」とし、後段においては「被控訴人は控訴人が適正伐採期における右立木の収穫を取得し得ることを予見し又は予見し得られたものと推察されるから適正伐採期の立木の時価相当額を賠償する義務がある」としている。

前段と後段との関係は明確でないが適正伐採期の収穫は通常生ずべき損害であるから賠償の責任がある、仮に適正伐採期における収穫が特別の事情に因る損害としても、それは予見し又は予見することを得べかりしものであるから賠償の義務があると認定したものの如く解せられる。

(二) 立木に数年の巾を持つ伐り時又は適正伐採期と云はれるもののあることは否定しないが、それは立木自体について利用価値が最も高い成長度を示すに過ぎない。

元来、山林所有者は経済的な要求に基いて立木を育成するものであつて、木材は昔から需給の状況により価格の高低が激しいものであるから、立木の伐採は常に価格の推移と見透しとにより、適正伐採期以前においても伐採し、或は適正伐採期になつても伐採しないものである。又周知の通り立木の運搬料は木材コストの重要な部分を占める関係上附近に利用し得る搬出設備がある場合は適正伐採期前であつてもこれを伐採する。斯様に立木はその成長度のみによつて伐採するものではなく、一個の経済物として時々に生起する経済的条件に支配されるものであるから、右判示の前段のように、適正伐採期の収穫の喪失をもつて直に立木の不法伐採により通常生ずべき損害ということは出来ない。

(三) 原判決は右判示の後段において「被控訴人は控訴人が適正伐採期における右立木の収穫を取得し得ることを予見し、又は予見し得られたもの」と認定している。この部分は前述のように適正伐採期における収獲の喪失が仮に通常生ずべき損害ではなく特別事情による損害であるとしても予見し又は予見し得べきもので上告人に賠償の義務があることを説示したものと思はれる。

立木の適正伐採期における収穫の喪失が通常生ずべき損害でないことは前記の通りであるから、特別事情による損害と謂はなければならない。特別事情による損害である以上のことが予見し又は予見し得べきものでなければならない。原判決は、(イ)被上告人が他にも山林を所有し適正伐採期に伐採するという通常の方法で経営管理している、(ロ)上告人が立木の伐採販売業者である、(ハ)上告人が被上告人の右経営管理方法を知つているとの三点から、上告人が予見し又は予見し得たと認定している。そうして見ると原判決は適正伐採期における収獲の喪失を通常生ずべき損害とする理由も、特別事情による損害とする理由も一般的に適正伐採期において収獲しているという同一理由によつて認定され、両者の間に差異がないことゝなる。加うるに、大正十五年五月二十二日大審院聊合部判決によれば、特別事情とは単なる希望ではなく、確実に利益を取得したるべき事情でなけれならないから本件において唯適正伐採期に伐採したであろうとの推察のみでは特別事情でなく、適正伐採期までは如何なることがあつても伐採しない特別な事情があり、初めてこれを特別事情というのである。

斯様に原判決は右判例に反し且つ民法第七〇九条の場合に準用される民法第四一六条所定の通常生ずべき損害及び特別事情による損害の解釈並に適用を誤りその誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例